人々を熱狂させるボクサー辰吉丈一郎。心根にある父・粂治の魂を揺さぶる教育論。

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辰吉丈一郎/ボクサー


わしは無難やなしにこれは誰も見ていないいうのに興味が湧くんよ。十人十色やと思う。比べられんもん。わしが他人を理解できんのと同じで、他人もわしの価値基準は分からん思う。

わしが生まれた岡山県児島はデニム、学ランの繊維の街やった。今では魚も瀬戸大橋のせいで潮の流れが変わってしまった。わしの近所も漁師町やったけど、漁師もだいぶ減ったしクワガタやカブトムシを獲っとった山の形は変わってしまった。三十年になるけど、わしはその時の記憶の方が生々しく残ってるからそれだけ変わったらショックよ。辰吉の先祖の墓もあるし、わしの父ちゃんの墓も岡山にあるから年に二回は必ず帰る。将来的に岡山に帰るつもりやけど今は帰るに帰れない。でも岡山はほんまええとこ。るみ(=妻・辰吉るみ)も子供らも気に入ってるもん。実家も無いけど、岡山の街並みが恋しいんよ。

うちらが産まれたのは1970年ベビーブームの終わり頃で子供が多かった。多いということはそれだけいろんな人間がおるということやろ?そうするといろんな変わったことをやる奴がおるやん、わしもそうやけどな(笑聲)。集中型もおれば万全な人間もおる。かと思えばちょこちょこ出す人間もおる、とにかくいろんな奴がおるんよ。小学校くらいでわしは普通やないというのがわかってきたし、わしは無難やなしにこれは誰も見ていないいうのに興味が湧くんよ。十人十色や思う。比べられんもん。わしが他人を理解できんのと同じで、他人もわしの価値基準は分からん思う。


多くの親は子供が「池に遊びに行く」と言えば「危ないから行くな」となる。丈一郎の父・粂治の教育は違った。「落ちたら泳げ」となる。5歳の丈一郎がいじめから脱出するために他人を殴った時も「間違っていない、自分を信じなければいけない」そう教えたという。そこには果敢にリスクを取り考え抜くこと、力は他人を痛めつけるものではなく、自分を支えるものだという真意がある。辰吉家の人間は、考え決めたことを曲げない。しかし、その裏で考え抜き決断を下すまでにどれだけ苦しみ、悩み抜いたのだろうか。その精神力を鍛えることが粂治の教育の根本にあったのではないだろうか。


5歳の子供にしたら最初は勇気がいったと思うわ、けどわし何でこんな奴らにいじめられとったんか思った。

わしはいじめられっ子やった。5歳の時までは、いじめられとったからね。でもよう考えたら蹴りばっかりなんよね、子供って殴ったりはせえへん、掴んで引っ張って蹴るとか大体蹴りやん。わしは家にサンドバッグあったから殴る練習をしとったから、ある日、いじめてきたやつを殴ってみた。ほんならもう蹴ることばっかりやからガラ空きやん、もっというたら蹴る人間って蹴るところ見てるやん。足元しか見てないからノーガードプラスノーディフェンスやからジャストミート(笑聲)。5歳の子供にしたら勇気がいったと思うわ、けどわし何でこんな奴らにいじめられとったんか思った。小学校入学とかになってくるとやっぱやんちゃな奴もおる。んなら当然やるわね。あっという間に厄介者になってきて学校に住みづらくなってきた(笑聲)。でもわしはね、義務教育の小学校一年から、中学校三年までの九年間、学校一日も休んでないからね。ただ中学校になってくると遅刻とか、帰らされるというのがあるからしょうがない。でも九年間学校はいった。学校が好きやったというか、性格が辰吉型やから。義務教育って国から与えられたもんなんや、絶対いかなあかん。それやったら全部いったれって。


小学生時代から中学生時代は喧嘩に明け暮れた生活を送る丈一郎。その名前は、児島だけではなく倉敷全体に及んでいた。しかし、徒党を組まず卑怯な喧嘩はただの一度もなかったという。ユーモアがあり筋の通った丈一郎は番長であり人気者だった。ヤンキー全盛時代、丈一郎がいた味野中学校は、いじめもなく皆が笑っていたという。


ほぼ毎日一年間300日は喧嘩やっとったかな、中学でだいぶ少ななったけど、小学校はえぐかったな。でも勝負勘、これをしたら勝てるじゃないけど、度胸というか、勝ち方というものは喧嘩で養われたかもわからんね。

うちらの時代って中学校そのものが、えげつないほどとんでもなかった。わしも毎日我流ながらではあったけど父ちゃんと練習してましたからね。ほぼ毎日一年間300日は喧嘩やっとったかな。中学でだいぶ少ななったけど、小学校の時はほんまにえぐかったからな。でも勝負勘やこれをしたら勝てるじゃないけど、度胸というか勝ち方というものは喧嘩で養われたかもわからんね。依田先生(=中学時代の担任・依田進吾)も、わしはこういう生徒やったんで家庭訪問が多かった。普通なら電話があって「ちょっとお子さんのことで」って出来んのよ。家に電話がないから逆に先生が伝えるために来なあかん。めっちゃアナログ(笑聲)。でも先生が来てようが来てなかろうが、時間帯になると練習は絶対するんよね。それを先生が見て「お、こいつは」とか思ったんでしょう。将来的に中学でたらどうするんならみたいな話になって、ボクシングの話になっていった。漠然とボクサーや思うてたけど、具現化していったね。疲れたり、心がくじけそうな時もあったやろうけど、夜九時になったら練習せなあかん。だからもう歯を磨くとか朝起きて顔洗うとか癖やないけど、これをせなもう晩寝れないじゃないけど明日は迎えられんみたいな。もうほんま習慣。ご飯を食べるのと一緒。白飯食ったっら味噌汁欲しくなるやん(笑聲)。時間になったら練習したくなる。

目指すところをいつも自分で定めとったんやろうな。まっすぐの最短距離ってほとんどないでしょ?わしも紆余曲折、そこで得られるものが経験や思うし面白いと思う。それを無理に避けよう思うと言い訳したり、誰もが心の隅にもってるずるい部分を見ないといけなくなる。

昭和の漫画はぎょうさん持っとったね。その当時は家にテレビなかったからね、そういうので記憶にある。根性もんが多かったな『あしたのジョー』から、『がんばれ元気』、『男組』があって、『空手バカ一代』があってそういう類のものは全部やな。あの時代の人間ってなんでか知らんけど大抵は読むよな。『男組』ヤンキーは大抵読むよね(笑聲)。梶原一騎、本宮ひろ志は多かったな、結局は根性もんやからね。わしは歴史に名を残した人は、好きというか興味がある。坂本龍馬とか好きやな。火付け役やん色んな政治や何やら作ったのも今現在があるのも、ましてそれが大都会じゃ無いところから出てきた人がやり始めたことで今がある。ほんますごいことやん。人を動かす力があったんやな。それだけでは無理やろうけどその中で努力をして、一生懸命動いて働き考えたということじゃないかな。

昔でいえば宮本武蔵イコール二刀流みたいなイメージが強いけど、二刀流でやったのは一回か二回しかないらしい。たまたま巌流島で小次郎とやった時に二刀流ってのがあったけど、そこまで行くのにものすごい色んな紆余曲折があったはず。その時に誰も生きてないからどっからほんまかっちゅうのはわからんけど、わしは宮本武蔵が好きや。小説とか、それを紐付いた番組観て、その通りの生き様やったら凄いよ。やっぱり夢がそうさせたんやないかな。目指すところをいつも自分で定めとったんやろうな。まっすぐの最短距離ってほとんどないでしょ?わしも紆余曲折、そこで得られるものが経験や思うし面白いと思う。それを無理に避けよう思うと言い訳したり、誰もが心の隅にもってるずるい部分を見ないといけなくなる。

尊敬するボクサーはおらん。唯一尊敬していうたら、わしの父ちゃんやけど、わしの父ちゃん素人やんか。だから対象外になるから、それやったらその血繋がってる、わし自身でしょう。

素晴らしいボクサーはたくさんいるけど尊敬するボクサーはおらん。唯一尊敬いうたらわしの父ちゃんやけど。わしの父ちゃん素人やから対象外になる、それやったらその血が繋がってる、わし自身でしょう。だってこういう性格上、人を好きにはなるけど尊敬は出来ない。色んな意味で尊敬は出来ますよ、でもわしのやってるボクシングの考えとして、わしを抜いて尊敬っていうのはないもん。努力努力や、何万回もの反復練習から得られるものやと思う。努力ってただ練習するいう単純なもんではないんよ。人が呆れる想像できんことをやるのがそれなんよ。でもそれが出来んから続けるんやろうね。

使えるものを何で捨てるのって!?今は使えるのに普通に捨てるやん。勿体無い。勿体無いお化けが出る。

いまだにちょっと食えそうなものやったらゴミ箱に捨てても拾って食うからね、まだ食えるやろって(笑聲)。そういう性格なんよ、性格は変えられん。食えるもんを食って何が悪いのってなる。使えるものを何で捨てるのって!?今は使えるのに普通に捨てるやん。勿体無い。勿体無いお化けが出る。古いもので使ってるものはもちろん気に入ってる。新しいものもええんかもしれんけど使い込んだ古いやつのほうが愛着あって、持ちも良くてええはずやのにと思うから。テレビにしてもラジオにしても携帯にしても、みんな寿命まで使ったことがあんまないんちゃうかな。だいたい途中で取っ替え引っ替えしん?形が違うのに変えたり、新しいデザインが流行りだしたらこっちにしてみたり。わしはこういう性格なんで絶対全部使い切る。作ってくれた人に申し訳ない。まあ機械が作るにしても発明してる人とかね。

喧嘩がない家庭なんてないやろ。うちは週に二回は喧嘩しとったよ。そんなもんやて。一度だけボクシングを辞めないなら離婚、離婚なった時もあった。なら離婚してみよか、もう一回プロポーズで再婚やゆうて。

喧嘩がない家庭なんてないやろ。うちは週に二回は喧嘩しとったよ。そんなもんやて。一度だけボクシングを辞めないなら離婚、離婚なった時もあった。なら離婚してみよう、もう一回プロポーズで再婚やゆうて。わしの女房に聞いてもわかると思うよ「わしのこと好き?」聞いたら嫌い言うよ。自信あるよ、なんとなくそう言うんちゃう。こうなったら惚れた腫れたじゃなくてもう家族なんや。そういう風になればいいんよ。自分の親であったりとか自分の兄弟であったり家族の一員の誰かが籍を外して去っていく、もう考えられへんやろ?本来は、それが夫婦なんや。それが夫婦というもんや。

るみは一目惚れというよりも生意気な女やったな。くそ小生意気な。会話の中で人間って大体こう攻めたらこう返ってくるやろって想定できるやん。やのに全然別個の話をするから面白い奴やな思って、全くもって違う素っ頓狂な意見やなくてあっそういう意見もあるっていう。あっそういう風にしたらそう捉えても分からんでもないなっていうニュアンスが多かった。イコール面白い考えしてんなってなってきて、そこも興味が湧き出した。るみは試合前に必ず手紙をくれる。ためになるということではない。自分のことであったり、家族のことであったりいう中で結果「今までやってきたことは間違っていない!ボクシングで勝負!」というような感じやね。そうやってモチベーション上げてくれて覚悟を決める手紙。

不安やから練習するわけでしょ。厳しい挑戦、苦しい練習そんなんどこにでもありますやん。でもそんなん何でするのかいうたら追いつかんからやね。

不安やから練習するわけでしょ。厳しい挑戦、苦しい練習そんなんどこにでもありますやん。でもそんなん何でするのかいうたら追いつかんからやね。これくらい出来ないとこいつには勝てんというわしの中で目標が出来上がってる。でもまだ中途半端っていう感じで繰り返し繰り返しやっていくと、結果的にオーバーワークに近い状態まで行くよ。試合前の練習は筋肉痛どころの騒ぎやなしに、そういうのではなくて減量の脱力感がハンパない。腹減る喉乾くってのはあるけど乾きがえげつない。人間って飲まず食わずの減量になってくると「喉乾いたー、腹減ったー、あれ美味そう~」いうのはまだ全然大丈夫。ほんまに減量で厳しくなると水。ジュースが飲みたいとか、なんか飲みたいやら何やとか言ってるうちはまだ全然楽。10キロ絞ろう思ったら極限までいって体脂肪が2とか3になってくると水。減量が終わってからの一杯は口では説明できん。美味しいとか不味いとかじゃなくて飲み終えたら「これっ!」て感じ「これやこれこれっ!」いう感じ。ほんま生き返る。で飲むと代謝が良くなるんか汗がブワーっと出てくる。

相手も、わしもブチ殺そう思って死ぬほど練習こなしてる、でも憎しみじゃないんよ。試合が終わればお疲れさんっていうリスペクトしか残ってない。

減量中って試合前やから当然試合の事でいっぱいで大抵のボクサーは試合のことも考えるけど、どっちかいうたら減量の方がきついやろな。やっぱり自分との戦いになってくる。減量パスする、で飯を食う、栄養摂ると頭が働くんよ。わしの場合は頭が痛くなる、脳のうっ血じゃないけど頭痛が起こる。それが治まると集中するゆうかフラッシュバックのように試合のことがもうブワッとくるんよ。ほんで恐怖に囚われる。相手も、わしもブチ殺そう思って死ぬほど練習こなしてる、でも憎しみじゃないんよ。試合が終われば、お疲れさんっていうリスペクトしか残ってない。

恐怖に打ち勝つには普段の練習でしょう。練習終えて計量もパスして明日試合いう時には、恐怖のどん底にいてもう寝れんほどですよ。ポジティブな波もネガティブな波もどっちも来る。大抵の人間そうなんちゃう?

恐怖に打ち勝つには普段の練習でしょう。練習終えて計量もパスして明日試合いう時には、恐怖のどん底にいて、もう寝れんほどですよ。本来ならばちょっとこう体動かして、ちょっとええかなって感じで練習しようかなと思っても直ぐにできない。クールダウンで動いていかなあかん。せっかく計量パスして疲労も抜いてという状態で飯食って「おっしゃー」ってええ感じで動けるやんいうて、そのまま試合に行ったらポシャってしまうんで抑えなあかん。んで寝る時にじゃあ明日にしようかいう時に、そっからもう一回試合への恐怖がくる。動けるのわかってる状況の中で抑えなあかん。ポジティブな波もネガティブな波もどっちも来る。大抵の人間そうなんちゃう?よーっしっていう時に、ああでもないこうでもないって「うーん」って時あるでしょう。それはみんな当たり前にあると思う。

わしの父ちゃんは自分がこうと決めたことは曲げん。精神力がすごかった。多分それを受け継いでるんでしょう。わしの父ちゃんはずーっと岡山におるときから、わしのことを「やっぱお前を世界チャンピオンにする」というつもりやったからね。実際、見事わしの父ちゃんは、わしを世界チャンピオンにしたからね。

親って「ここの親はこういう考えかー」「あっ、ここはこういう考えかー」ってないでしょ?わしの父ちゃんなので人とは比べられない。人は人、わしはわし。ただ一つ言えることは、わしはお袋がおらんかったんやなとは感じる。父子家庭やったんで。それくらいんちゃう?周りを見渡しても父子家庭の人間はおらんかったし、母子家庭はおったけど父子家庭はおらんから。わしの父ちゃんは自分がこうと決めたことは曲げん。精神力がすごかった。多分それを受け継いでるんでしょう。父ちゃんはずーっと岡山におるときからわしのことを「お前を世界チャンピオンにする」というつもりやったからね。実際、見事わしの父ちゃんはわしを世界チャンピオンにしたからね。大阪帝拳という看板があったり、トレーナー陣に出会えたり好条件重なってチャンピオンになったが、その原点は父ちゃんやから。実際父ちゃんの力で教えてもらって、今もこうやって出来るというのは父ちゃんがおるからイコール辰吉だから出来ること。自分の親は、わしの身体におって欲しくて骨を食った。骨食ったらもう一緒になるやろ?一部というよりも一緒に生きていこうって感じ。わしが生きとる限り父ちゃんは死なんという思い。まあ熱かったよ、焼きたてやったから、舌と上唇を火傷したもん。だいぶカッスカスやったけど、まあ熱かったわ。色んなことに気合入るよ、中途半端な事をしとったら父ちゃんに申し訳ない。

ロッキーの最後のやつ。わしはそういう考え方になった事はないけど気持ちはわからんでもないというか、ダブるダブラんとか全く無縁の世界ではあるんやけどボクシング後というか、こういう形で、ああなるほどっていう不思議な感覚に陥ったことは印象的やったな。

父ちゃんは、わしが読めんような難しい本が好きやった。でも分かりやすいのいうたら映画にもなったけど『野獣死すべし』とか、映画はだいぶヒットしてるけどあれも本からやよね。『八つ墓村』とかあれちなみに岡山の実話やからね。映画は観る時期によって、例えば自分の試合が決まった時、あるいは試合前時期になってくると*『ロッキー』シリーズを観ることが多い。ひとつ気になったのがロッキーの最後のやつ。わしはそういう考え方になった事はないけど気持ちはわからんでもないというか、ダブるダブラんとか全く無縁の世界ではあるんやけどボクシング後というか、こういう形で、ああなるほどっていう不思議な感覚に陥ったことは印象的やったな。

ドラゴは機械的なコンピューターで計算された練習をしてるわけ。ロッキーは山登ったり木切ったり、昭和のもう昔ながらの科学じゃなしに努力して勝ち得たってことを証明したかったんやと思う。

ロッキーはアポロ(=ロッキーのライバルにして親友でもある)とシリーズのワンとツーで試合やって、ワンは負ける、ツーで勝って引退するんよ。引退したんやけどスリーでモヒカンのクラバー(=充ち足りた生活を送るロッキーとは対照的に、ハングリー精神剥き出にした最強の挑戦者)いう無敵な奴が出てきてロッキーは2ラウンドそこそこで半殺しにされて負けるんよ。でアポロが「俺がトレーナーになるからもう一回やってチャンピオンに返り咲け」ってなってチャンピオンになる。フォーでロシアからコンピューターで計算された練習をしたドラゴ(=ソビエト連邦アマチュアヘビー級チャンピオン)が来て、アポロとのエキシビションでドラゴが試合みたいに本気で殴ってアポロが亡くなってしまう。ほんでロッキーが本気で怒って試合になっていく。ドラゴは機械的なコンピューターじみた練習をしてるわけ、ロッキーは山登ったり木切ったり。昭和の昔ながらの科学じゃなしに努力して勝ち得たってことを証明したかったんやと思う。


丈一郎は日本人未到達四度目のベルトを見据え、今も変わらない精神でボクシングと向き合っている。毎日のロードワークに加え、ジムに入れば120分近くインターバルブザーお構いなしのトレーニングをこなす。誰よりもボクシングを愛し、四六時中ボクシングに寄り添って生きている。ボクシングは体重別に階級分けがあり、厳しい減量に耐え相手と同じ条件で闘うスポーツだ。強靭な精神力が勝敗の鍵となる。どのスポーツにも、心・技・体の充実は欠かせないが、「心」の部分がこれほどまでに必要なスポーツは少ない。この「心」がボクシング界ひいては、この世界に一筋の光明を見出す気がしてならない。肯定否定といった簡単な図式を越えて、僕らは変わらないければならない。


スター性って持って生まれたもんなのかもわからんけど、わしが思うには、そこに行くまでは常々努力があって、その中で出会いがあったりとかで出来上がったもんやとは思う。

陸上にしても今頃9秒台って当たり前に出るやろ?うちらの時代ってカール・ルイスが10秒の壁を破って「ウォー」言ってたやん。それこそ人間ってそんなに早く走れんのって感じで。要するに努力の賜物やとは思うけど、それだけでなくて何かが違う。そういうのは人間持ってるもんなんかな。いろんな選手おるけど、インパクトがないというかあんまり覚えとらんもんな。カール・ルイスいうたらバチーっとこん?それがスター性や思う。個性イコールスター性やろな。人に注目させて「ん!?」と立ち止まらすというか魅入らせてしまうものが必要や思う。やっぱりちょっとタカが外れたような感じが要るかなとは思う。徹底的して真面目にやっていくのか、ちょっと生意気でやっていくのか。くそ小生意気っていうのはわしがやってきたんで。今度はどんなのが流行るんやろね。スター性って持って生まれたもんなのかもわからんけど、わしが思うには、そこに行くまでは常々努力があって、その中で出会いがあったりとかで出来上がったもんやとは思う。それを見て魅了されて「気になるな」とか会ってみたいなとか、そういうところに繋がってそれがイコールファンじゃないかなと思う。(了)

*ベビーブーム:
日本において、1971年から1974年までの出生数200万人を超える時期を指すことがおい。この時期に生まれた世代は「団塊ジュニア」と呼ばれることが多い。

*『あしたのジョー』:
梶原一騎・原作、ちばてつや・画による日本の漫画作品。週間少年マガジン連載中から反響は大きく、戦後最大のヒット漫画に数えられ、辰吉丈一郎はじめ多くのボクサーに影響を与えた。

*『がんばれ元気』:
小山ゆうによる日本の漫画作品。『明日のジョー』と並ぶボクシング漫画の名作。

*『男組』:
雁屋哲・原作、池上遼一・作画による日本の漫画作品。戦後30年頃の日本を舞台に、己の信念を賭けて闘う男達を描いた少年漫画。

*『空手バカ一代』:
梶原一騎・原作、つのだじろう/影丸譲也・作画による日本の漫画作品。伝説の空手家・大山倍達の半生を描いた伝記的作品。

*ヤンキー:
1980年代後半から1990年代初頭にかけて、不良少年少女全般を指して「ヤンキー」と呼んだ。当時のヤンキーはリーゼントヘア、「ドカン」「ボンタン」などの幅の広いズボンが特徴。

*梶原一騎:
日本の漫画原作者、小説家、映画プロデューサー。格闘技やスポーツを題材に、男の闘う姿を豪快に、ときには繊細に描き出し、話題作を次々と生み出した。

*本宮ひろ志:
日本の漫画家。自身の不良時代を反映するアウトローな男を主人公にするストーリーは秀逸。代表作は『男一匹ガキ大将』『俺の空』『硬派銀次郎』『サラリーマン金太郎』ほか。

*坂本龍馬:
江戸時代末期の志士。脱藩し貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中を結成。薩長同盟の斡旋、大政奉還の成立に尽力。倒幕および明治維新に影響を与えるなど重要な働きをした。

*宮本武蔵:
江戸時代初期の剣術家、兵法家。二刀を用いる二天一流兵法の開祖。京都の兵法家・吉岡一門との戦いや巌流島での佐々木小次郎との決闘が有名。著書『五輪書』は外国語に翻訳され出版されている。

*『野獣死すべし』:
大藪春彦の小説。幾度となく映画化され松田優作の主演作品として認知する人が多いが、仲代達矢(1959年版)と藤岡弘(1974年版)も根強い人気がある。

*『八つ墓村』:
横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。物語は、冒頭部分を作者が自述、それ以降を主人公の回想手記の形式で進行する。山村の因習や祟りなどの要素を含んだスタイルは、後世のミステリー作品に多大な影響を与えた。村の名前は実在した近隣の地名、真庭郡八束村(現在の真庭市蒜山)が元である。

*『ロッキー』:
1976年のアメリカ映画。監督はジョン・G・アヴィルドセン。主演・脚本はシルヴェスター・スタローン。その後の物語を描く続編が製作されており、『ロッキー2』、『ロッキー3』、『ロッキー4/炎の友情』、『ロッキー5/最後のドラマ』、『ロッキー・ザ・ファイナル』『クリード チャンプを継ぐ男』とシリーズ化された。

*カール・ルイス:
アメリカ合衆国の男子元陸上競技選手。国際陸上競技連盟の世界順位に初めて載った1979年から1996年のオリンピック終了までに、10のオリンピックメダル(うち9つが金メダル)と10の世界選手権メダル(うち8つが金メダル)を獲得した。


辰吉丈一郎ほどボクシングの枠を超えて人に愛され、人を熱狂させるボクサーはいない。傷つき落ち込み失敗しても、そこから這い上がった時に人は強くなれる。荒々しい人生という高波を恐れず信じた道を行く人間になりたい。「僕らのジョー」は今も変わらず闘い続けている、さあ僕らも頑張ろう。

87年10月、全日本社会人選手権バンタム級優勝
90年9月、日本最速タイとなるプロ4戦目で日本バンタム級、王座獲得
91年9月、当時国内最速のプロ8戦目でWBC世界バンタム級、王座獲得
92年9月、WBC世界バンタム級王座統一戦、王座陥落
93年7月、WBC 暫定王座決定戦、王座獲得。同年、網膜剥離のため王座返上
94年12月、WBC世界バンタム級王座統一戦、王座陥落
96年3月、WBC世界バンタム級王座戦、敗北
97年4月、WBC世界バンタム級王座戦、敗北
97年11月、WBC世界バンタム級王座統一戦、王座獲得
98年12月、WBC世界バンタム級王座統一戦、王座陥落
2008年に国内ライセンスの資格を失効。08、09年にタイで2試合(1勝1敗)を行う。
プロ戦績20勝(14KO)7敗1分け。
*辰吉の「吉」の字は上のつくりの下の線が長く、丈一郎の「丈」の字は右上に「、」があるのが正式な表記です。

Name: 辰吉丈一郎
DOB: 1970
POB: 岡山県, 日本
Occupation: ボクサー
https://www.tatsuyoshi.jp

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